スパイラル・テンペスト

あの笑顔に振り回されっぱなし。
困ったな。
ちょっと離れたかなーと思ったらまた擦り寄ってきて。

彼女は現在夏休み中。
僕は普通に仕事の毎日。

自分はゆっくり寝ていられるからと、送っていった先のマンション前で長々と引き止められた。早く帰って寝ないと、明日つらいんだよ、なんて言ったら、それはもう嬉しそうに「まだ大丈夫ですよねー♪お話しましょう♪」だって。
いつもはアッサリ帰ってしまうクセに、子どもみたいな笑顔で僕にいたずらをしてくる。
結局2時くらいまでふざけあって、ようやく開放された。おかげで翌日は眠かった。


夕べ、彼女は友達とお祭りに行っていた。
前日の夜、その話を聞いていた、僕は浴衣姿が見たいって言った。
彼女はふざけながら、「帰りは遅くなりそうだから、夜中に電話でたたき起こしてあげる」と言った。
当日の夜0時。電話が掛かってきて、今から電車で帰るとのこと。
気をつけて帰りなさいって言ったら、「えー、冷たいなー!」って言われてしまった。
旦那がどこにいるか知らないけど、僕に迎えにきて欲しかったらしい。
僕はにやけながら「仕方ないなー」と言いつついそいそと駅まで迎えにいった。
浴衣姿の彼女は、いつにも増してかわいらしかったけど、かわいいねなんて言うと怒るので言わない。
・・・と思ったけど、にこにこしながら何か言いたそうな雰囲気だった僕を見て、ちょっとふくれっつらで「なぁに?」って睨まれた(笑)
仕方なく、「かわいいね・・・浴衣が」と言ったら、満足そうに笑って今着ている浴衣の由来を話してくれた。

歩いて10分ほどの距離を、ふざけあいながら30分くらいかけて帰った。
途中、酔った彼女にお水を買ってあげた。
お祭りでは沿道の人たちがお神輿に水掛けをしていたらしく、それを真似して僕に水をかけようとはしゃいでいて、本当に子どもみたい。

マンションの前でもさらにふざけあっていたけど、隙を見てぐっと抱き寄せた。
浴衣から覗く真っ白で細いうなじに軽−く唇をつける。
頬にキスをして、ちょっと汗ばんでいるおでこにもキス。
そのままぎゅっと抱きしめてから、ほっぺをふにふにと弄んだ。
彼女はちょっと切なそうに眉を寄せた。
唇を奪おうかと思ったけど、やめた。
それより、彼女のちょっと悲しそうな顔を見ている方が嬉しかったから。

もういちど頬にキスして、体を離したとき・・・目が合った彼女はこれ以上無いくらいイタズラっぽい笑顔で、ペットボトルを高々と振り上げていた。
「夜になっても暑いね♪」と言いながら、僕に水をぴしゃっと掛けた。
冷たっ!やったなー。
きゃっきゃと楽しそうに笑う彼女に、濡れた体で抱きつく。

こんな馬鹿みたいな時間が楽しくて仕方ない。
あんな顔を見せられるから、どうしても離れられない。
螺旋階段のような嵐に巻き込まれたみたいだ。

Z.O.Cの渦。

最近は少し落ち着いた状況。

周りのシングルだった友人たちに相次いでパートナーが出来て、みんなも心に余裕があるようだ。
そんな友人達は薄々僕の気持ちに気づいていて、ことあるごとに「今日は彼女なにしてるの?」なんて聞いてくる。
僕は大体彼女の予定を把握しているので、「まだ仕事中だから、あとから来るかも」なんて答えることが多い。

先日、ちょっと意外なことがあった。
友人の中でも性格のきつい女子『S』は、彼女とも旦那ともそれなりに仲が良い。
直接ではないが、僕のことについてSが色々とダメ出ししているのは知っていた。
よく飲みにきていることや、いい恋愛をしていないことについて・・・。
本人も僕に伝わっていることは承知しているし、何より、そこまで本気で言っているわけでもないのだろうけど。
そんなSが酔っ払って「彼女まだ仕事?メールしてみなよ、こういう時こそちゃんと声かけなきゃ!」と、僕を応援するような素振りを見せた。
その台詞を思い出すと、僕はにやけてしまう。
彼女は真面目な性格なので、僕の気持ちを許容してくれるなんて思いもしなかった。
面白半分で言っているだけかもしれないけど、それでも嬉しかった。
決して許されない気持ちを抱え続けていることに疲れているのかもしれない。誰でもいいから認めて欲しい、許して欲しいのだろう。

別の友人には、「あの夫婦まだ離婚しないの?」なんて聞かれたこともあるけど・・・残念ながらそれはなさそうだ。

ただ、それほどうまく行っているというわけでもないようで。
前にも書いたが、(恐らくは僕のことが遠因で)夜遅く部屋に帰った途端に激しく怒られたことがあったようだ。
それを引き合いに出して、「子どもを産んでも育てる自信がない。彼も急にキレたりするし、子どもがかわいそう」なんて言いだしたりする。
彼女は、いくら遅く帰っても、いくら他の人と飲みに行っても、いくら放っておいてもキレたりしない旦那が自慢だった。
それだけに、急に叱責されたのがショックだったのだろう。

ちょっと前、彼女が酔って電話してきたとき。
酔ってるし眠いしでバッグの中の鍵も探せない状態で、マンションのエントランスで電話したまま寝てしまった。
文字通り急いで駆けつけ、鍵を探しだし、なんとか立たせたところで旦那から着信があった。
ふらふらしながらぶっきらぼうに「あ、そう。もう帰ってきちゃったよ。じゃあね。」と電話を切ったあと、僕にくれた感謝の言葉は、それよりはるかに温かいものだった。
彼女が困っているとき、駆けつけたのは旦那ではなく、僕。

ゆうべも電話がきた。
駅からの帰り道らしく、徒然に話しながらコンビニに寄って無駄遣いしているところを実況してみたり、本当に他愛の無い会話をしながら、彼女がマンションに入るまで電話を繋ぎ続けた。
酔っているわけではないようだったけど、いつもより気安い口調。疲れた疲れたと言うわりに、その言葉は楽しそうだった。
子どもみたいに話す彼女がかわいくて、電話越しにずっとにやけていた。

そんな小さな幸せに浸りながら、僕は僕のコントロールできる範囲でがんばっている。

交差点。

まさかの事態。
まったく心当たりがないと言えば嘘。
でも、そこまで深くないハズだと思うし、思いたい。
なんのことかと言うと・・・共通の友人からこんな噂話を聞いた。

「彼女、駅前で知らない人とキスしてたみたいだよ。」

何度か目撃されているようだ。
人違いだと思うけど、はっきり見たという。

以前、彼女の誕生日をお祝いしたとき。
あなたや、死んじゃった親友以外にも祝ってくれて嬉しい人がいる。
そう言われたことがあった。
近くに住んでいる人らしい。
僕は、会った事はないと思う。
彼と何かあったのだろうか。

いても立ってもいられなくて、本人に確かめてみた。
・・・とは言え、いざ呼び出して笑顔の彼女を前にすると何も言えなくなってしまった。
他愛の無い話で談笑してはみたけど、僕の笑顔は長続きしなかったと思う。
それとなく「最近酔うのが早いみたいだね」なんて言って様子をみたり。
そんな微妙な空気を感じ取ったのか、彼女もさすがに「何か言いたいことがあるんですか」と突っ込んできた。

勇気を振り絞って聞いた結果は、もちろんNO。

思い当たる節もないようで・・・真偽の程は謎のまま。
こんな噂が出たことで、かなり落ち込んでいた。

前にも書いたけど、彼女には僕という前科がある。
それに、彼女はキスが好きだ・・・。
・・・最近は拒否されるけど。

噂の出所に見間違いじゃないかと伝えてみたけど、信用されずに笑い飛ばされた。
彼女にとっても、そして僕にとっても笑い事では済まされない。

先日、一昨年まで頻繁に名前の出ていた「A君」に彼女が出来た。
僕の口からその事実を伝えたとき、彼女は号泣してしまった。
本人からその事実を伝えられなかったことがショックだったそうだ。
その言葉がどこまで本気かはわからない。
彼と何かあったのかと聞くと、ありましたよという返事がきた。
言いかけた言葉から察するに、彼と恋愛はしないという話を再確認したことがあったようだ。
そういうのは「何かあった」とは言わないと思うけど、友人が来てしまったのでそこで話は終わった。

いろんな人が行き交う。
いろんな思いが交差する。

僕も、勝手な気持ちを抱き続けるしかない。

また一年が始まった。

デウス エクス マキナ。

また今年も年末が来る。
ニューイヤーホリディ。
子どもの頃は、この時期が大好きだった。
ハロウィン、クリスマス、お正月・・・。
楽しいことばっかり続く季節。

でも今は違う。

この時期は彼女が忙しくなる季節。
年末からは旦那の実家に帰省してしまう。
去年はこっちにいたから、一瞬であれ一緒にいる時間はあった。
年越しも一緒だった。
・・・旦那も一緒だったけど。

今年は、そもそもこっちにいない。

その方が気が楽だ、とも思う。
どこかで会えないかな、なんて考えずに済むから。

でも、やっぱり会いたい。

休みの間、どうやって気を紛らわそうかなんてことばっかり考えてしまう。
ここまで来ると、神頼みくらいしかすることがないな。

今年も一人で初詣でもしようか。

alone in the mansion。

つくづく寂しがりやなんだなぁと思う。
彼女も、僕も。

昨日、久しぶりに彼女から電話が来た。
どこかで飲んだ帰り道だったらしく、寒い、眠いと言いながら歩いている。

こんな寒い日には、二人で決まって行く店があった。
おいしいホットラム酒を出す店。
なんとなく、そこに行きたいのかなって思った。
僕は既に部屋でぬくぬくしていたんだけど、行こうかって誘ってみた。
彼女は「寒くて待てないから早く来てください!5分以内ですよ!」なんてツンデレっぷりを発揮していたけど、僕はちゃんとわかってる。
僕ならどんなわがままも許してくれるって思ってること。
親しくない人にはお世辞も言うしイジワルなこともしない。
僕にだけはそんな態度を取る。
それが親しみの裏返しだって、ちゃんと知ってる。
心を許した人にしか、彼女はそんな自分を見せられないから。
みんなの前では、お姫様でいなければいけないから。

息を切らせてお店に着くと、彼女は入り口の前にいた。
店は混んでいて、席が空くまで5分ほど待った。
その間、彼女は手が冷たいと言って僕の首筋に手のひらを添えてニコニコしていた。
甘くて暖かいホットラムを飲んでいると、彼女はすぐに赤くなってしまった。
だいぶ酔いが回っているみたい。

この日は早々に店を出て、彼女を抱き寄せながらマンションまで送った。
酔っているせいか、エントランスでの彼女はいつにも増して甘えん坊だった。

僕の手のひらに頬を押し当て、にゃーにゃー鳴いている彼女。
僕の胸に鼻を押し当て、もぞもぞしている彼女。
髪を撫でられながら、うれしそうな顔で微笑んでいる彼女。
愛おしくて、つい抱きしめてしまう。

このとき、旦那はまだ部屋に帰っていなかった。
彼女は、誰もいない部屋に帰るのが苦手だ。
いつ旦那が帰ってくるか気が気でない僕は、ひとしきり彼女のやわらかい頬を楽しんだところでマンションの中に促した。

満面の笑みで僕を送ってくれたあと、2分も歩かないうちに電話が来た。
ちゃんと部屋まで上がりました。今日は寒いから気をつけて帰ってくださいね、と。
僕は嬉しくてにやにやしていた。

すると、彼女が突然小声になって、
「帰ってきた!帰ってきた!」
と言った。
後ろからただいまーという声が聞こえる。
やけに良いタイミングで帰ってきたのが気になったけど、彼女が急に小声になって電話を切ったのが嬉しくて、僕はまたにやにやしてしまった。

彼女は僕を浮気相手だなんて思ってない。
単に仲のいい友達だって思おうとしている。
だから、小声になったのが意外だった。
ちょっと前だったら、当たり前のように「それじゃおやすみなさい」なんて台詞とともに電話を切られていただろう。
でも今回は、旦那にばれたくないって思ったんだ。

この間のことで、もしかしたら旦那に何か言われたのかもしれないけど、ちょっとでも罪悪感を持っていてくれるのが嬉しかった。


それはつまり、ただの友達じゃないって証明だから。

君の名を呼び、果てる。

またか、とも思うけど。
喧嘩というか、言い争いをしてしまった。
彼女には苦手な男友達が一人いる。
僕は彼のことを案外気に入っていて、つい彼の擁護をしてしまう。
そこまで好きな友達か、と言われるとなんとも言えないんだけど・・・周りが否定するから尚更に庇ってしまうのだろう。
彼の女性関係の話で彼女から否定的な言葉が出てきたときも、ついつい反論してしまった。
おかげでお互い取り返しがつかないほどヒートアップしてしまって、下手したらもう二度と会うこともないんじゃないか、というくらいの勢い。
とはいえ、僕はそんな彼女をずっと見つめてきたわけで、ある程度は心得ているつもり。
ここは僕にも非があるなと言うところでグっと引いた。
すると、彼女の炎のような怒りもすーっと冷めたみたい。
そこからは割りと冷静に、お互いの反省も含めてあーでもないこーでもないとしばし語らう。
しかしこの時点ですでに午前3時・・・。
平日の夜中に道端で何やってるんだろ、なんて笑いあって、その日は別れた。

翌日、案の定長々とお詫びメールが来ていて、なんだかより一層絆が深まったような気がした。

僕は怒った彼女の凛々しい顔も好きだ。
この喧嘩のあとの週末、別れ際に身体を擦り寄らせてきた、甘えん坊の素顔も好きだ。

ストーカー殺人事件のニュースを見た後。
私がいつか子どもを産んで、あなたに会う機会が減ったら、きっとあなたは私を刺し殺すと思うの。
僕に抱きしめられながらそんなことを言うところも、弱弱しくて大好きだ。

一緒に入ったカフェで一生懸命メニューを睨んでいる君の顔を見ていた僕は、ずっとニヤニヤしていて、気づかれなければいいなって思いながらも頬が緩みっぱなしだった。

今夜は会えるかな。

Presented spell。

僕の気持ちを知っているからこそ、なのだろうか。
彼女は相変わらず気まぐれ。
・・・上手に紐解けば、気まぐれな行動にも理由がありそうだってことはわかる。
それがリアルタイムに理解できれば、感情の持って行き方も違うんだけどな。



ちょっと前、いつものように彼女を送って行った日。
旦那はジョギング中で、そろそろ戻ってくる時間らしい。
マンション前で頭を撫でていると、彼女はこれまたいつものように立ったまま眠ってしまった。
いつ旦那が帰ってくるのかとビクビクしながらも、僕は彼女を抱きしめ、髪の匂いを感じ、ふわふわの頬にキスをした。
ひとしきり彼女の温もりを楽しみ、僕の胸に顔をうずめたままの彼女を撫でていたとき・・・
マンションのぴかぴかに磨き上げられた外壁に、ジャージ姿がちらりと映った。
彼はこちらをジッと見つめながら走り抜けていった。

しまった・・・!

僕は急いで体を引き離し、さも「酔った彼女をようやくここまで連れてきましたよ」という風に、肩を掴んで「着いたよ、起きなさい」と呼びかけた。
と、すぐに隣に人影を感じた。
僕は気付かないフリで呼びかけ続ける。
男の右手が彼女の二の腕に荒っぽく触れ、「ほら何してんだよ、起きろ」という声が聞こえた。
もちろんその男は旦那。
僕はそこで初めて存在に気付いたように顔を向けて、「あぁ、来た来た、よかった」と言った。
彼は無表情のまま、「すみませんね」と言った。
僕は『仕方ないなぁ』みたいな顔で笑いながら、大丈夫ですよと返した。
彼女は寝ぼけ顔で「あれぇ?」なんて言いながら、僕に向かって手を振って「おやすみなさい」と言いながら旦那に引き摺られ、エントランスに消えていった。
まずいまずいまずい・・・そう呟きながら、僕はふらふらと部屋に帰った。
彼女と知り合ってから今までで最大のピンチだ。
どう考えても誤魔化せているハズがない。
実はその前にも一度、彼女を抱きしめている姿を目撃されている。
そのときは直接姿を見せず、部屋から彼女の携帯に電話が来ていた。
部屋に帰る途中見かけたよ、といったような内容だったらしい。
僕たちは正面エントランスにいたので、彼は裏口から部屋に入ったのだろう。
邪魔しちゃ悪いから部屋に戻った、と言っていたらしく、彼女は「えー、なんで?」なんて言って笑っていた。
彼がいったいどういうつもりなのか、僕には理解できない。
彼なりの対処の仕方なのだろうけど。


・・・結局、この日はこれで終わった。
特に問題が表面化したわけではないけれど、僕の存在が彼の中で注意すべき対象になっているのは間違いないだろう。



それから少し時を置いて、僕の誕生日の前日。
その日もチャンスを作って彼女を送って行った。
時間は23時半。
彼女が「誕生日までもうちょっとですね。あと30分待ってます」と言うので、マンションのエントランス前で二人で話しながら待った。
話に夢中で0時を過ぎてしまったけど、誕生日になった瞬間を一緒に過ごせた僕は幸せだった。
おやすみを行って別れたとき、とびっきりの笑顔をくれた。
あんなに優しい笑顔をくれたのは初めてだったかもしれない。
僕以外には滅多に見せない(・・・と信じている)笑顔。
とても幸せな誕生日だった。



誕生日の少し前だったと思う。
二人で話しをしているときのこと。

「あの一件が落ち着いて以来、私はずいぶん甘えちゃってると思うんですけど・・・」

ちょっとした会話の中で、さらりとそんな言葉を貰った。
彼女にしてみれば反省材料なのだろうし、褒め言葉でも感謝の言葉でもなかっただろう。
けど、僕にはとても嬉しい言葉だった。
そっか、彼女は僕に甘えてるつもりだったんだ。

そう思うとちょっとうきうきした。

あの一件。
つまり、あの一件のことだろう。

あれから信頼が失われ、それを取り戻すために、自分の気持ちに素直に向き合って、誠実に対応してきた。
どうやらようやく信頼が回復してきたようだ。

ちょっとずつ、ちょっとずつ。

つまらないミスをしないように、慎重に。

・・・それが良いのか悪いのかは、また別の問題。