銀色の刻。

秋の大型連休の1週間前、海旅行の幹事だった友達が、隣町から引っ越してきた。
みんなで引越祝い(という名目の宴会)をしようってことで、彼女の旦那とも久しぶりに顔を合わせた。

この時、僕はちょっとした目標を立てて実行した。
彼と会ったとき、素知らぬ顔で左手を差し出す。
これは自分の中の決意表明でもあった。
左手でする握手は、彼への宣戦布告だ。
あっさりとミッションコンプリートしたけど、彼は気づいただろうか?


そしてシルバーウィーク。
僕は彼女をドライブへと誘っていた。
彼女は当初、連休で帰ってきていた旦那も一緒に連れて行こうとしていたようだ。

それじゃ僕はただの運転手になってしまいますね。

これは笑うしかない。
さすがに旦那も空気を読んだのか、ちょっと行きたいところがあるってことでその日は別行動になった。
僕はほっとした半面、若干の罪悪感もありドキドキしていた。
そんな僕の焦燥を余所に、彼女は相変わらず車内でしゃべりまくっていた。

ただ、ひとつだけ今までと違うところがあった。
それまでは自分の話をするばかりだったんだけど、僕があまり自分のことを話さなかったからか、僕に色々と質問を投げかけてきた。
昔の彼女のことや好みのタイプ、学生時代の話や今の仕事の話などなど。
彼女は僕の話を聞きながら楽しそうにしていた。
僕も、そんな彼女を見て楽しくなった。


夕方、車内で彼女が泣いた。

数ヶ月前、彼女の親友が亡くなったそうだ。
そのこともあって、一人になりたくなくて夜遅くまで飲み歩いたりしていたらしい。
駐車場に車を止めて、落ち着くまで頭を撫でた。

泣きやんでからは安心したのか、ちょっと照れくさそうにしていて可愛らしかった。


そして翌日の夜。
この日もまた友達と飲んでいた彼女と合流し、マンションの前まで送り届けた。
すると、彼女はまた親友を思い出して泣き始めてしまった。
頭を撫でる僕の手が彼女の涙をぬぐい、化粧っ気のない唇に触れた。


僕は彼女が愛おしくて、ついキスしてしまった。


一拍置いて、ハっとした彼女の顔が僕を見つめた。

「私のこと・・・好きだったんですか・・・」

しまった、失敗した!
・・・ここまでうまくやってきたつもりだったのに。
「うん・・・好き。ゴメン。」
僕は謝るしかなかった。

彼女は、また泣き始めた。
「既婚者だって知ってるのにどうして・・・
恋愛対象としてしか見てくれないなら、ダメだとわかった途端にあなたまで私から離れていってしまう・・・」
そういって号泣した。

ひとしきり泣いて、少しは落ち着いたんだろう。
ちょっと歩きましょうと行って、立ち上がった。

近くの駐車場まで来て、彼女はこういった。
「今日を最後に、好きの気持ちを全て放出してください。」

僕はこう返した。
「今日は・・・いいの?」

「はい・・・。」

僕は彼女の体を強く抱きしめた。
それだけでは飽き足らず、キス。
彼女も自分から僕の唇を求めてきた。
彼女の携帯は鳴りっぱなし。相手はもちろん旦那。
それを無視して、僕たちは夜が明けるまで唇を合わせ続けた。

そらが白々と輝きだした時間。
体中を蚊に刺され、それを見て二人で笑った。
そして、手をつないでマンションまで戻った。

これで終わり。
明日からはまた友達。
そう言って、悲しそうな笑顔の彼女と別れた。

僕も、嬉しくて悲しい複雑な気持ちのまま帰路に就いた。